東京高等裁判所 昭和42年(う)1812号 判決 1968年11月12日
本店所在地
東京都台東区上野桜木二丁目二四番二三号
(旧上野桜木町四七番地)
(昭和四三年一〇月四日組織変更前の商号)
有限会社戸村商事
(右組織変更後の商号)
株式会社戸村商事
右各代表者代表取締役
戸村英雄
本籍
同区上野桜木二丁目四七番地
住居
同区上野桜木二丁目二四番二三号
右会社代表取締役
戸村英雄
大正七年一月一四日生
右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、昭和四二年七月一二日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から各控訴の申立があつたので、当裁判所は次の通おり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人江口弘一の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁の趣意は、検察官古谷菊次の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
控訴趣意第一点(理由不備ないし理由くいちがいの主張)について
原判決が、被告会社の当該事業年度における総益金および総損金の内容をなす個々の勘定科目の具体的事実をそれぞれ証拠に基づいて認定したうえ、いわゆる財産計算法(貸借対照表)によつて、罪となるべき事実を構成する課税の対象たる実際の所得金額を算出したものであることは、記録上明らかであるから、所論は採ることができない。
同第二点(訴因不明示、不特定の違法がある公訴を、不法に受理して有罪判決を言い渡した違法がある、との主張)について。
いうまでもなく起訴状に記載すべき訴因は、犯罪構成要件に該当する一定範囲の具体的事実と解されるのであつて、これを本件のような法人税逋脱罪についていえば、「被告会社」の「当該事業年度」における「実際所得金額およびこれに対し実際に納付すべき法人税額」が「いくら」であつたのに「被告人」が、いつどこで、所轄税務署長に対してなした「申告所得・税額」は「いくらの虚偽過少申告」であり、従つて「逋脱所得額」は「いくら」である、ということが、明記されていれば足りるのである。この観点から本件起訴状記載の公訴事実をみれば、訴因の摘示として全く間然するところがない。所論の指摘する本件実際所得金額が、いかなる勘定科目から成り立ち、かつ、いかにして算出されたものであるかのごときは、これを検察官がその冒頭陳述の段階で主張し、次いで立証の段階で立証すべき問題に過ぎない。そして、現に原審検察官において、そのように主張・立証を尽していることは記録上明らかであるから、所論は採ることができない。
同第三点(憲法三九条後段違反の主張)について
本件実際所得金額に見合う法人税額は、被告会社が、法人税法の定むるところによつて当該事業年度における法人税として本来政府に納付すべかりし税額であり、廷滞税は、国税通則法の定むるところによつて、右税額を法定納期限までに完納しない等の場合に政府に納付すべき廷滞利息に相当する税額であるに過ぎない。また重加算税は、やはり国税通則法の定むるところにより、過少申告税に代つて不正の行為を伴う場合における懲罰的性格をもつた特殊の税額ではあるが、いわゆる行政罰であつて刑罰ではないから、原判決は同一の犯罪に対して重ねて刑罰を科するものではない。これが憲法三九条後段に違反するものでないことは、昭和三三年四月三〇日大法廷判決(民集一二巻六号九三八頁)、同三六年七月六日第一小法廷判決(刑集一五巻七号一〇五四頁)の趣旨に照らして明らかである。所論は採ることができない。
同第四点(法令適用の誤りの主張)について。
被告人戸村英雄の前科調書を閲すれば、同被告人は、昭和四〇年一月二八日台東簡易裁判所で道路交通法違反罪により罰金一万円に処せられ、同年三月一八日その裁判の確定をみているのである。従つて、所論の指摘する同被告人の原判示第二の罪は、これに先立つ、同年二月末日既遂になつているのであるから、同第一の罪とともに、右確定裁判を経た道路交通法違反罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立つと同時に、右第一および第二の両罪は、同条前段の併合罪でもあるわけである。しからば、原判決のこの点に関する法令の適用にはいささかの誤りもないから、所論は採ることができない。
同第五点(量刑不当の主張)について
所論に鑑み記録を検討して勘案するに、本件各犯行の罪質 動機、態様、期間、回数、逋脱額、犯罪後の情況、その他量刑の資料となるべき諸般の情状に徴するときは、たとえ所論指摘のごとき諸事情を十分考慮に容れても、なお、原判決が、被告会社および被告人戸村英雄に対して確定した各刑をもつて、不当に重いと認めることはできない。この点の論旨も理由がない。
よつて刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
検事 古谷菊次公判出席
(裁判長判事 江里口清雄 判事 内田武文 判事 横地正義)
控訴趣意書
被告人 有限会社戸村商事
被告人 戸村英雄
右の者に対する法人税法違反被告事件につき控訴趣意書を提出いたします
尚右控訴趣意については、御庁の公判廷において更にその趣意を敷衍して陳述し、かつ右控訴趣意を立証するため事実の取調として証人の喚問を求める予定であります
昭和四二年一〇月一六日
右弁護人弁護士
江口弘一
東京高等裁判所
第十二刑事部 御中
控訴趣意書
第一点 原判決は理由不備ないし、理由くいちがいの違法があり破棄を免れない。
法人税法逋脱罪を認めるには、その法人のその年度の所得金額を先ず確定する必要がある。而して、その所得金額を確定するためには、その前提として、その事業年度の総損金及び総益金を計算しなければならない。而も、その総損金及び総益金なるものは、個々の取引勘定における個々の収入金支出金即ち純資産の増加または減少の原因となるべき個々の具体的事実関係を証拠により確定しそれを唯一絶体の基礎として総損金及び総益金を計上する以外に方法がない。そうでなかつたならば国家は国民に法人税逋脱犯人である金額いくらいくらの烙脱罪を犯したという僣印を押しつけることは 越至極の沙汰となるであらう。
然るに原判決を査するに原判決第一ないし第三の事実の認定は、この唯一絶体の基礎に立たないで、単に貸借対照表上の計上資産または負債の項目ごとに貸方借方の数字を計上し、これを集計して所得金額を原判示の如く認定したに過ぎない。その様なことで果たして正確な逋脱金額を決定することができようか。
原判決は、この意味において理由不備ないし、判示事実と証拠との間に理由くいちがいの違法があるから破棄を免れない (昭和三九年(う)第一二三一号昭和四一年三月一六日東京高等裁判所判決)。
第二点 本件は訴因不明示不特定の違法ある公訴を不法に受理し、被告人に有罪を言い渡したもので、その点でも破棄は免れない。
本件被告人等に対する起訴状を査するに、右第一点に於いて主張した判決そのものの理由不備を来たした最大の原因は検察官の起訴状の訴因が各個の勘定取引の具体的事実を全く特定せず、只抽象的に何年度の総所得金額いくらいくらと記載したのみで訴因明示、かつ特定の訴訟法の原則をふみにじつているのに拘わらず敢て公訴を棄却せず、そのまま審判をした点に在り、この違法は当然原判決に影響を及ぼさざるを得ない。
第三点 原判決は被告人等に刑罰を科した点に於いて憲法第三九条後段に違反し破棄を免れない。
何となれば被告人等はすでに税務当局の御命令に服し、税務当局が一方的に計算した所得金額に応ずる税額及び重加算税廷滞利子税等を直ちに支払つている(なぜ、そうしたかは後に述べる)。これは、名目の如何を問わず実質上被告人等に対する刑罰に外ならない。手痛い刑罰たる何千万円の重税を科しながら、同じ国家が今度は「裁判所」という別の肩書で「罰金」や「懲役」という別の名目の刑罰を科するということは、いかに法の形式論理を操つても二重処罰そのものであることを否定できない。
第四点 原判決は法令適用の誤があり、破棄を免れない。
被告人戸村英雄の道路交通法違反の罰金刑は、原判決記載の昭和四〇年一月二八日であるとすれば、昭和三九年度法人税逋脱罪の成立、既遂となる時期は、それ以後の昭和四〇年二月末日であるから、原判示第二の罪が、第一の罪と刑法四五条前段の併合罪となる理由がない。然るに原判決は第一、第二を併合罪として処断し、第二の罪に併合罪加重を施しているから、明かに法令適用に誤があり、破棄すべきである。
第五点 原判決の量刑は著しく過重で判決破棄を免れない。
第三点において主張した如く、被告会社は、すでに何千万円の莫大な過怠税重加算税を科せられ、実質上死刑に処せられたと全く同一である。会社の存在そのものを否定するような過大な税額を科せられながら被告会社としては、若干の帳簿の不正等があつた弱味から税務当局から極端にマークされる不利を恐れ泣き泣き命令通りの納付をしたのである。
真実は、銀行という金融機関にも頭を下げなければ商売ができない被告人等としては、銀行側の裏預金設定等の要求に拒むことができなかつたのであつて、決して悪意があつたわけではないし、また、原判決の認めた様な過大な逋脱があつたのではない。
然るに原判決は、被告会社に更に罰金千万円を、また被告戸村には懲役刑を科したがこれはあまりにも重い刑罰である。
願わくは原判決を破棄し、軽い刑罰に処せられんことを御願いする。